自分の行動を促す事ができるのは自分だけ

 2017-01-11
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男の子は誰でも母親を独占しようとして父親を敵対視し、
対抗意識を持つようになるが、母親を手に入れる事も
父親を排除する事もできないと理解した男の子は、
母親と父親への想いをあきらめ、自立への道を進んでいく・・

「フロイト」が提唱した「エディプス・コンプレックス」ですが、
今は人間が近親相姦を避けるのは
「エディプス・コンプレックス」とは無関係とされる事の方が多く、
「夢分析」や「心の三層構造」、「リビドー」なども
疑問視される事の方が多いのだそうです。

ーとは言え、そうした批判は
フロイトが生きていた当時からも言われていたらしいのですが、
「フロイト」に対して自分が思うのは、
動作や発言と言った人間の行動は、
例え自分の意思で行っているように思えても、
実はそのほとんどが「無意識」の領域の影響を受けている・・と言う考え方です。

「自分」と言う存在は「無意識」に操られていると言う事なのでしょうか?
それだと「言い訳」は沢山できそうですが、
「前向きな気持ち」にはなれそうもありません・・

そんな中、「アルフレッド・アドラー」は、
人間は遺伝や育った環境などの「原因」によって
自分の「行動」が決められているのではなく、
自らの「目的」に沿って行動を自分で決めて行くのだから、
自分の意思でいつでもどこでも自分自身を変える事ができる。
と唱えたそうです。

フロイトの「原因論」は
原因の「解説」にはなりえるが「解決」にはならない・・

だから、今では「過去の遺物」と言われているそうですが、、
では、アドラー的な考え方は?と言いますと、

「重要な事は人が何を持って生まれたかではなく、
 与えられたものをどう使いこなすかである。」

と言う風に、過去に原因を求めて
誰かを妬んだり、羨んだり、自分を卑下したりするよりも、
まずは、今の自分自身を受け入れてみる事が大切みたいです。

まぁ、犬を育てていると、
「あの犬は本当に良い子なのに、
 それに比べてうちの犬はどうして・・」
と思ってしまったり、
よその飼い主さんと自分自身を比べてできない部分・・
劣っている箇所ばかり探してしまって
「ああなりたいけど・・それに比べて自分は・・」と、
自分自身で自分の自信を失わせてしまいがちですが、
「「理想の自分」に対して「現実の自分」が追いついていない・・」
と言う不足感がアドラーの言う「劣等感」につながり、
その劣等感をごまかす為に、
「しつけ」以外の犬の資格を沢山、取ってみたり、
逆に「しつけは可哀想」と「放任主義」を理想の育て方として、
それをみんな薦めたりしだす飼い主さんも居たりしますが、
それは「劣等感」をごまかす為に
周囲の人間に対して優位に立とうとする
「優越コンプレックス」である可能性もあるみたいです。

では、そんな風に自分や誰かを否定するのではなく、
心を健全に保つ為にはどうしたら良いか?と言いますと、

「愛する人が居て、愛されていると感じられていること」
「自分を理解してくれる人がそばに居てくれること」
「自分のやるべき事があり、誰かの役に立っていること」

と言う風に、この3つのうちのどれかが欠けると
「自分は役立たずで不必要な人間だ」と感じたり、
「自分を理解してくれる人も理解しようとしてくれる人もいない」
と孤独を感じたり、
「自分は嫌われ者で、誰からも愛されない」となって、
精神的に不健康になり、
自罰的、他罰的になってしまう事もあるそうですから、
「他者とのコミュニケーション」を大切にして行く事が
自分自身を大切にして行く事にもつながると思いますし、
自分自身を大切にしてあげる為には、
「他者の為に自分に何ができるか?」を考え、
そこに「見返り」を求めずに「自己満足」で
終わらせる事が重要みたいです。

ーとは言え、「他者の為に自分に何ができるか?」と考えると、
やり過ぎてしまう事も多かったりします。

「犬がごはんの時間には食べなかったのに
 後になって食べたいと催促してきた」

「自分でソファーに上がった犬が
 勇気を出せば下りられるハズなのに
 下りずにこちらを見ている」

・・などと言う時も考えるべきは、
「本当にその行動はあなたが悩み、考え、
 行動しなければならない事なのか?」
と言う事だそうです。

その行動の結果は誰の責任なのか?
責任は権利と共に犬も成犬になれば自分で負うべきものだと思います。

自分の犬が他の犬が遊んでいるおもちゃを奪おうとしている・・

それは、遊んでいる犬の「権利」を奪う事になりますので、
おもちゃを奪おうとした犬は「怒られる」と言う結果・・
責任を負うのが筋だと思いますが、
意外と「可哀想だから」と飼い主さんが遊んでいる犬のボールを奪って、
奪おうとしていた犬に与えてしまったり、
奪われそうになって怒った犬の方を「怒っちゃダメ!」とか
「優しくしなさい」と叱ったりして、
犬に「権利」だけを与えて「責任」を負わせない事で
「ワガママ」で自分の責任も負えない子にしてしまう事も多いですが、
でも、それもまた、飼い主さんが一緒に考えるべき
「課題」ではないかと思います。

犬の為に自分の行動を変える事ができるかどうか?
「想う」と言う事・・
「知っている」と言う事と「行動をする」と言う事は別物です。

勿論、行動を促すのは「気持ち」ですが、
「目的」に辿り着く為に
自分の行動を考え、コントロールして行く事が必要なように、
自分の気持ちもまた、行動を促し、行動を続けて行く為には
自分で考え、コントロールして行く必要があるのではないかと想います。(^▼^)ノ

「木10で「嫌われる勇気」が刑事ドラマに - フジテレビ」
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