愛情のすれ違い

 2014-12-11
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久しぶりに小さい時、
よく遊びに連れて行ってくれた叔父さんに会いました。

ウチの両親は仕事人間で、日曜日も仕事、仕事・・
いつも遊んでくれている小学校の友達も
日曜日は親と遊びに行ってしまう為、
休日は一人遊びをしている事が多かったのですが、
そんな中、日曜日になると、
よく遊びに連れて行ってくれたのが、
その叔父さんだったのです。

「あそこへ連れて行ってくれた」とか、
「こんな事もした」と言う話になったのですが、
叔父さんの家の子供は、
同じように遊びに行っていたはずなのに、
その事を全く、覚えておらず、
「ちっとも、遊びに連れて行って貰えなかった
 と言われてがっかりした・・・」
と、自分が遊びに連れて行ってあげた事を
子供が全く覚えていない事に腹を立てていましたが、
多分、僕は日曜日は一人で過ごしていたので、
「日曜日に遊びに行く」と言うだけでも嬉しかったですし、
愛情を感じましたが、同い年のイトコにしてみれば、
遊びに連れて行って貰っても親は妹の方ばかり可愛がるし、
オマケ的な存在まで居て親の愛情は分散されまくり・・

自分に対する愛情を感じられないから、
どこへ遊びに連れて行って貰っても印象が薄いのかもしれません?

まぁ、それを聴いていた叔母さんも
「自分にも子供ができれば親のありがたみが分かる」と、
感謝しない事をダメとか間違っていると言う感じでしたが、
子供が感謝をするかどうか?
親のありがたみを知るかどうか?は子供の領域であり、
それを否定するのではなく、
どうして、ありがたみを感じなかったのか?
どうしてあげたら良かったのか?と、
子供の気持ちに目を向ける事が大切ではないかと思いました。

そして、それはまた、犬に対しても言える事で、
犬が言う事を聞かない時、
「普段、こんなにしてあげているのに・・」と文句を言ったり、
普段の自分の頑張りに対して感謝を求めてしまうのは
「見返り」を求めての愛情・・

それは、犬の為であるようで、
実は自分の為の頑張りであり、
犬もそれを見抜いているから、
気持ちにすれ違いが起きてしまうのかもしれません?

親が子供に対し「何不自由させる事なく育てあげた」と思っていても、
子供の方は、親は自分の寂しさや苦しみを理解してくれなかった・・
と思っている事は多いそうですが、
もし、自分が子供の頃、そう言う嫌な思いをしたのなら、
自分は犬に対して「愛情をかけてきた」と過信していないか?
自分が犬の為に何をしてあげたいか?と、
自分の欲求を満足させる為や
普段、犬をないがしろにしてしまっている後ろめたさを埋める為・・
「犬に愛情を与えられている」と実感する為に頑張るのではなく、
「犬が飼い主さんに何を求めているか?」
「犬が今、一番、欲しいと思っている事は何か?」を考え、
犬が「飼い主さんから愛情を受けている」と実感できるように
してあげる事も大切ではないかと思います。(^▼^)ノ
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