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証拠も根拠も無い思い込みを自問自答でぶち壊す

 2017-10-21
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「思い込み」によって生き辛くなっている・・
とは分かっていても、長く、そう言う思考で生きてきたのですから、
急に考え方を変えられないですし、変えるのも怖い・・
と言う事もあるのではないかと思います。

結果、それまでの考え方に戻ってしまい、
問題を後回しにしている事で、
自分の居場所がドンドンと無くなってしまったり・・
なので、新しい思考を身につける為には、
自分で自分に強く問いかけ、
自分自身に答えさせる事によって
習慣による抵抗を突破するのが良いみたいです。

例えば、
「自分は完璧に仕事をこなさなければならない・・
 知識やスキルを高め、周囲の人に認められなければ
 自分なんて何の価値も無い・・
 だから、周囲の人は私の頑張りに対して
 正当な評価をしなければならないし、
 それが、できないのならここはダメな職場だ」
なんて考えてしまう人が居たとします。

そう言う時、
「努力をして、高い知識やスキルを得ても、
 それが当たり前になってしまえば、
 評価は下がってしまうかもしれないし、
 そう言う時は、正当な評価をくれない相手を恨んで、
 仕事を辞めるの?」と自分に問いてみる・・
そうすると、
「満足はしないけど、正当な評価を貰えないのなら仕方が無い」
と答えるかもしれないので、そうしたら、
「では、相手を恨みつつ、
 仕事を辞める事で損をするのは誰なのか?」と自分に問いてみる・・
そうなると「自分かもしれない」と言う答えが出てくると思いますので、
「相手を恨み、有能な自分が抜ける事で
 職場にダメージを与えようと思っても、
 上司は恨まれている事すら気づいていないだろうし、
 仕事の遅れの原因を自分が辞めたせいにされてしまうかもしれない・・
 だとしたら、恨んで仕事を辞める意味はあるの?」と問いてみると、
「意味はないかもしれない」と答えるかもしれません?
「だとすると、一生懸命に仕事を覚えた結果、
 評価が得られないからと
 不愉快になって仕事を辞めてしまうような・・
 そんな、自分だけが損をするような感情を持ち続けていたいのか?」
と問いてみると「持ち続けたくは無い」となると思います。

勿論、最初からこんな自問自答をする事はできないと思いますので、
プロのサポートが必要になるとは思いますが、
行動だけでは無く、思考もまた、
ある状況において、その思考に基づいて行動を起こした結果、
良い事が無くなったり、嫌な事が起きたりすると、
その思考を用いる頻度は下がって行きますので、
その「硬直した思考の習慣」を変えたいのであれば、
その思考の習慣によって起きた良くない結果を自覚したり、
思いだす事でその思考を用いる頻度を下げつつ、
より良い思考の習慣が身につけて行くのではないかと思います。

犬を育てている時も厳しい服従訓練をした結果、
自分の犬を臆病にしてしまったり、
過剰な干渉をしてしまった結果、
自分の犬をワガママにしてしまう事は多いですが、
そうなっても、自分の考え方や接し方を変えようとしないのは、
その結果を犬のせいにして、
自分の考え方や行動と犬の考え方や行動を結びつけていないから・・
と言う事も多いのではないかと思います。

犬に対して、指示や命令をすると、
確かにその場は言う事を聞くかもしれませんが、
段々と犬が言う事を無視するようになってきたり、
犬が指示や命令がないと良い行動をしなくなったとしたら、
それで、大変な目にあうのは誰なのか?と考えてみる・・
また、もっときちんと言う事を聞かせようとして、
より厳しい訓練を始めた結果、
犬が怖がりになって消極的になってしまったり、
飼い主に対して、唸ったり、噛み付くようになったとしたら、
それを、服従訓練を教えたトレーナーのせいにしたとしても、
最終的に損をするのは誰なのか?と考えてみる・・

また、「可哀想、可哀想」と犬の代わりになんでもやってあげた結果、
犬が要求吠えをするようになったり、
不機嫌になると噛み付くようになったり、
全く言う事を聞いてくれなくなったりした時に、
それによって損をするのは誰なのか?と考えてみる・・
一見すると、損をするのは飼い主さんのように思えますが、
実は「犬から必要とされている」と言う事に
喜びを感じているケースも多いですから、
実際に損をしているのは、何も教えて貰っていない・・
自分では何の問題を解決する術を持たない犬の方であり、
ドンドンと不安は強まり、
その不安を埋める為に問題行動を強めて行った結果、
心の病気になったり、飼い主に捨てられてしまう事もありますが、
それこそ、何も分からないまま保健所に連れて行かれ、
コミュニケーションスキルも無いまま知らない犬達と同部屋になって、
沢山のはじめての経験をしなければならない・・となった時、
本当に可哀想なのは誰なのか?
本当の可哀想とは何なのか?
と考えてみるのも良いのではないかと思います。

これまで、間違った思い込みをしてきたとして、
それを今から変えた方が良いのか?
それとも、今まで信じてきた事を続けた方が良いのか?
変えられないのか?
変えてはいけないのか?
そう言う風に自問自答をしてみると、
理性的な答えが返ってくるようになると思いますが、
新しい考え方に気がつくだけでは不十分で、
徹底的に自分の身体に染み込ませるぐらい、
繰り返し、繰り返し、自問自答をする必要も
あるのではないかと思います。 (^▼^)ノ
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